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脱「だらしのない人間」考(1)

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    他に類を見ないほど「だらしのない」人間である。
    どうやら通常の人と比して、「社会生活を営む上で極めて基本的かつ常識的なこと」を行う能力が欠如しているらしい。

    一口に「だらしがない」とは言っても、「時間にだらしがない」「人づきあいにだらしがない」など、その方向性は様々である。自分の場合は、広く捉えると「生活面においてだらしがない」分類に該当できる。

    断罪すればキリがないが、いくつかのパターンを分析し、今後の生活に活かしたい。

    (1)モノの所在−定期券を一例として−

    ある特定の時期を除いて、立ち止まらずに駅の改札を通ることができない人間である。改札を通るためには定期券(PASMO)が必要であるが、立ち止まってガサゴソと探す必要がある。

    なぜ、普段、持ち歩いているものを、わざわざ探す必要があるのか。毎回、無意識のうちに、別のところに入れているからである。

    基本的なポジションはスーツのジャケットの内ポケットである。春や秋など、典型的なスーツスタイルであれば、改札の通行は至ってスムーズ。その場所以外に、しまうべき候補がないためである。

    しかし、この梅雨の時期はどうだろうか。まず、スーツのジャケットを身につけていない。「手に持っている」か、「そもそも持っていない」わけだが、「手に持っている」場合には、うっかり内ポケットから落としてしまう(モノの管理ができないだけでなく、ものの紛失も異常なまでに多い。)可能性があるので、定期券はカバンにしまう。「そもそも持っていない」場合も、同様である。

    カバンの中でも、決まった位置にしまっておけば良い。しかし、いつも違う場所に無意識のうちに投げ入れている。

    冬にコートを着ると、病気は一段と加速する。あるときはコートのサイドポケットに、あるときは、コートの内ポケットに、そしてカバンの中に…。バリエーションが増えるほど、改札の前で足が止まる時間が長くなる。

    ちなみに定期券のみならず、財布も同様である。レジの前でなかなか財布が出てこない私は、後に並んでいる他の客の冷たい視線を浴びている。

    毎回、憂鬱になり、反省する。この繰り返しである。それでも少しはまともになっている。

    完治を目指して、以下の2点を心がけている。

    ■時間に余裕のある行動

    時間に余裕があれば、ゆっくりとモノをしまう時間ができる。そしてまた、仮にモノを探そうとしても時間があれば心穏やかに対応できる。しかしながら、何をするにも人より時間のかかる自分にとって、余裕のある行動は至難の業。

    ■モノの数を減らす

    カバンの中に多くのモノが入っていれば、その中から1つのモノを取り出す時間を確実に減らすことができる。元来、男性としては、多くのモノを持ち歩いていないと気がすまないタイプであるから、これを実行するには、時間を要している。まだまだ減らすことができるであろう。

    (続)

    (写真は使用しているスリップオン社のブルガロ素材の名刺入れ兼定期券入れ)

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